第二次反抗期

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必ず声に出して相手に伝えさせています

下から2番目である高校2年生の子は、軽い第二次反抗期を超えていまは穏やかにお互いが接しています。

第二次反抗期は親との距離を置き、自分自身を見つめる時期かなと思っています。

その中で親との価値観や考え方の違いに気付き、時には激しく反抗することで自分と言うものを明確にしようとしているのだろうと思っています。

でもうちの子供たちは、すでに独立した子供も含めてあまり激しい反抗はありませんでした。

基本的に子供の言うことを否定しない、そして子供が興味を持っている分野を認めて伸ばしてあげる。

もちろんそうした中でも間違いについては指摘しますけどね。

特に必要なことは明確に声に出して伝えるということだけは、本当に厳しく躾をしてきたつもりです。

例えば予定表を見てこちらが確認できていることでも、必ず本人が前日に口に出して伝えるなど、自分の声によって伝えることを重視しています。

中学生くらいになると、予定表を親に渡してあるのになぜ忘れるんだ?って怒り出すことも多いですよね。

自分の予定なのだから、自分の口で相手に伝えることを小さなころから躾けてきました。

すると第二次反抗期真っ最中の子供でも、親と喋るきっかけにもなり割と反抗期は軽いもので済んでいます。

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疲れているのは分かるけど

昨日からスイミングスクールの選手コース所属のメンバーは通い合宿を行っています。

当然ですが泳ぎ込むわけですから、毎日疲労感たっぷりでの帰宅となります。

こういう時に第二次反抗期が顔をちらっとのぞかせるのです。

こちらが何か聞いても

「うん」「いや」「知らん」

この3つの単語以外は返ってきません。

まだ顔をこちらに向けてならば良いのですが、まったく違う方向を向きながらこの3つの単語で済まそうとします。

疲れているのは重々承知しているのですが

「お前に対して話しかけているのだから、最低限顔を向けるのが常識だ」

こういうと面倒くさそうに顔をこちらに向けます。

「疲れて返事もしたくないのかもしれないが、家族はみんなお前のスイミングの予定に合わせて行動している。こっちだって疲れていてもお前のためにと思って送迎もしているんだ。そんな面倒くさそうな顔をするのならば、明日からの通い合宿は一人で電車で行け。こっちも面倒くさいわ!」

通い合宿を行っているプールは駅からは相当遠く、歩くと30分ほどかかります。

その前に末っ子は電車での行き方なんて全く知りません。

「おまえにもスマホを持たせている。自分でスマホで調べて、一人でプールに行けばいいだろ」

私はこういう場面では子供を“子ども扱い”しません。

子ども扱いするとこういう年頃の子は反発するのです。

「ありがとう」と言って車を降りていきました

今朝になっても特に何も言ってこないので放っておきました。

スマホで経路を調べようとしても、今までした事がないので調べることができません。

妻は私に連れて行ってあげてと言ってきたり、下から2番目に一緒に電車で行ってあげてと言ったりしています。

でも

「自分でどうすれば良いのか、自分でいま何を言わなくちゃいけないのかが分からない者に手助けは不必要!」

といってはねのけました。

さすがにこれを聞いて末っ子も

「昨日はごめんなさい。一人では行けないから車で連れて行ってください」

と言ってきました。

ここまで言って来たので車で連れていきましたよ。

ただし行きの車の中では沈黙の時間が続きました。

でもプールの前に着いて降りるときに

「ありがとう」

と末っ子は言いました。

プールからの帰りの車の中は、行きのような沈黙状態にはならないと思います。


この手の記事を書くと必ず「そのやり方は間違っている」といった意見をいただきます。

そして本に書かれている内容を書き「こうしなけばならない」的な意見を押し付けてこられます。

全ての子供が同じ思考を持ち、同じ環境で育っているのならば「こうしなければならない」でも良いのかなと思います。

でも子供だって一人一人考え方が違います。

同じ環境や条件で育てているつもりでも、兄弟間でもかなり相違点があるものです。

なのに一般的な物差しを一律で押し付けるのは逆に間違っていると思います。

意見自体は全て目を通し、良いなと思う部分は吸収していますし、違うと思う部分は切り捨てています。

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