全国大会への出場は絶たれたけど

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さすがに全国大会は無理でしたが

全国中学校水泳競技大会や全国JOCジュニアオリンピックカップ夏季水泳競技大会への出場をかけた試合は7月29日に終わりました。

これらの全国大会への出場という夢は絶たれました。

元々これらの制限タイムを切ることがかなり難しいことは、本人がもっとも分かっていたことだったと思います。

私も妻も無理だと思っていましたしね。

でも、そこに向かって頑張っている子供に

「それは無理だろう」

なんて言葉をかけるわけにもいかず、ただ黙って見守ったり、気分が上がるような盛り上げをしたりはしましたけども。

でも当の本人も、私や妻も思った以上に成果が出たここ数日の試合結果でした。

4か月の練習期間の結果

小学生の頃は自由形に始まり、平泳ぎも背泳ぎもバタフライもそれぞれ短期間だけ専門に泳いだことはありました。

でも選手コースに入ったころからは自由形専門の選手で、ごくたまに試合でバタフライにも出るという程度でした。

本格的にバタフライを泳ぎ出したのは今年の4月から。

そして初めて長水路の200mバタフライの試合に臨んだ5月と比べると、先日の試合では4.6秒も縮めることができました。

ただ全国に出場となるとさらに3秒も縮めなければならず、さすがに無謀な計画だったといえますね。

実質4か月ほどの練習期間と、2か月ちょっとの試合経験で4秒以上早くなったことは評価してあげないといけないとは思っています。

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全国は無理だけど県から近畿へ

全国大会は無理でしたが、なんとか近畿中学校水泳競技大会へは出場できます。

この大会で良い成績を上げたからと言って全国大会に進めるわけではありませんが、中学生活最後の年に出場権を得たことは大きいなあと思っています。

ただ今年の近畿中学校水泳競技大会のバタフライの参加標準タイムは、昨年に比べるとかなり緩和されています。

前年の近畿中学校水泳競技大会の9位の記録を参加標準タイムを設定するためらしいです。

はじめて長水路の200mバタフライに挑んだレースで、今年の近畿中学校水泳競技大会の参加標準記録は切っていたのですが、昨年よりかなり遅い設定だからと内心思ってました。

でも本人は全国を狙うんだと頑張った結果、県総体の予選で昨年の参加標準記録を上回ることができ、さらに決勝と28日のレースで自己ベストを更新し続けました。

バタフライはダメだとコーチに言い切られていたけど

「あと半年から1年くらい早くバタフライを始めていたら全国を切っていたかもね」

妻が末っ子にこういうと、まんざらでもない顔を浮かべていました。

でもバタフライを専門としていたコーチには

「あの上下動ではバタフライは厳しい」

と言われ続けてきた末っ子。

以前末っ子が所属していたスイミングスクールで妻は働いていますので、バタフライはダメだと言い切ったコーチと頻繁に顔を合わせます。

そのコーチが妻に言ったそうです。

「○○君がバタフライで近畿に出られるほどのスイマーになるなんて・・・」

妻が8月の勤務シフトのことで

「うちの末っ子が近畿に出るかもしれないので」

といって6月の終わりに近畿中学校水泳競技大会の日を明けようとしたときには

「○○君って近畿に出られるほどのスイマーでしたか?」

と言われたらしいです。

「今年は参加標準記録が下がっていますから」

とその場では答えたそうですが、昨年の参加標準記録を上回った結果にほくそ笑んでいました。

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