興奮と不安定

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特別支援学校と養護学校

就労継続支援施設B型へ通う20歳は知的障害を持っており、3歳の時に療育手帳を取得しました。
小学校では特別支援学級に通い、中学校でも特別支援学級に通わせようかとも考えましたが、中・高は養護学校へ入りました。
小学校卒業まではたしかに自閉傾向などが色濃くは出ていました。
でもまだ仕方ないかなと思える程度でしたし、ダメなことはダメとはっきりとそして強く言えば伝わっていました。
ところが養護学校へ通うようになってからは不安定になったりものすごく興奮するなど、小学校までとは明らかに変わってきました。
小学校と養護学校とでは、本人の立ち位置が全く違ってきたのも原因なのかなと思ってみたりもしています。

置かれている立場が変わった

小学校では特別支援学級に在籍しているとはいえ全てをこのクラスで過ごすのではなく、一般のクラスに混じって授業を聞いたり給食を食べることもありました。
一般クラスへ行くときは先生が付きっきりだったので安心もできたのかなと。
ところが養護学校へ行くとガラッと変わってしまいました。
小学校では学年で最も自分一人で何もできない、言ってみれば最も手のかかる児童でした。
しかし養護学校へ行くと、うちの子は最も手がかからない生徒という立場になってしまいました。
すると養護学校の先生たちは他の生徒に手を取られてしまい、うちの子はいつも放置されたままに。
手足に傷ができようがアザができようが、先生から連絡をもらったことは1度もありません。
逆に他の生徒の手を引っ張ったとか、他の生徒への注意の仕方がきつかったといった連絡は頻繁にありました。

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興奮の不安定の原点

養護学校の生徒の中ではうちの子が一番まともに話をできることから、学芸会や運動会ではマイクを持たされて司会っぽいことをやらせるように。
一言喋ったら先生たちがやんややんやの声援を送るので、うちの子はものすごく興奮するようになりました。
それまでも興奮することはもちろんありましたがまったく意味合いが違います。
養護学校でマイクを持った日は家に帰ってからも興奮が収まらず、意味不明なことを話し続けたり踊ってみたり。

今日は就労支援施設が近くのホールを借りてのコンサートがあります。
楽器を演奏するだけなのですが、ここ数日の興奮と不安定感はホントに酷いものでした。
一昨日の朝は朝食を食べながら急に泣き出しました。
昨日の朝食の時は急に笑い出し、立ち上がってグリコのポーズをしてみたり。
今朝はなぜだか駅の放送「まもなく2番線から回送列車が発車します」みたいなことを延々と真似してみたり。

養護学校へ通うようになった頃にようやく自我が芽生え始めて、自分ですると楽しいことや興奮することが分かり、そういったことの前後は不安定になるのかもしれません。
でも養護学校へ通わせたことが失敗だったのかな、就労継続支援施設へ通わせているのがダメなのかなとか本当にいろんなことを考えてしまいます。

いまだに対処の仕方に悩むことが

本当ならばコンサートに少しだけ顔を出そうかと思いました。
でも私が観に行くよと言ったとたんに意味不明な発言をするなど不安定になってしまったので
「今日は観に行きません、家にいます」
と言ってなだめたので、行かないことにしました。
妻が観に行くといっても同じような状態だったので、観に行かずに家にいます。
行かなければ行かないで、今度は就労継続支援施設の人たちからあまりいい顔をされないのですよね。
だってホールの片づけをはじめ施設の商品の販売なども保護者にお願いしてきていますから。
私や妻に対してはどうでも良いのですけど、それが原因でうちの子に対してまで良い顔されなくなるとなぁって思いがあるんです。

障害基礎年金は貰えるようになったけど、それだけでは問題なんて解決しませんね。

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