妻の実家へ行きました

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いつものようにお米をいただきに

ほぼ1ヶ月に1度は妻の実家へお米を取りに行きます。

お金は払っているので正確には、妻の実家の近くの農家の方からお義母さんがお米を買い、そのお米をうちが又買いしている。

これが正しい表現ですね。

昨日は妻が昼過ぎまで仕事だったために家を15時前に出て、1時間ほど滞在して帰ってきました。

庭ではいろいろな野菜が作られていて、末っ子が楽しそうに大根をひいていました。

下から2番目もそういったことは好きなはずですが、先日の学園祭前にはイヤというほど大根を抜いたそうで

「当分の間は大根を抜きたくない」

とこぼしていました。

お義母さんは独り暮らしですが、少しは仕事をしたり農作業をしたりもするので元気だと思っていました。

しかし妻が

「テレビの音量がだんだん大きくなってるし、見るたびに老けてる気がする」

年を取って少しずつ耳が遠くなっているのでしょうか。

それに10月に訪れた時以上におしゃべりになっているように感じました。

以前は私にはあまりしゃべりかけてはきませんでしたが、昨日は私にもしゃべりかけてきましたし、やはり心に隙間ができているのかなとも思いました。

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親子でもそりが合わない

妻の姉夫婦は同じ市内に住んでいるので、うちより頻繁に様子をうかがいに行くことができるはずなのですが、お義母さんと義姉さんとはそりが合わないらしく、ほとんど顔を出すことはないようです。

兄弟であっても、親子であってもそりが合わないものは仕方がない、と私は思っています。

なぜそう思うのかというと。

このブログに私の母や兄弟のことは一切出してこないでしょ。

そういうことです。

都会を脱出したい

私はずっと都会の真ん中で生活し仕事をしてきました。

今もその暮らしに変わりはありません。

私は小さい頃は私の母の実家に頻繁に行っていました。

船や列車を乗り継いで5時間ほどかかる、山の中の家でした。

その体験があるためか、高校生の頃からずっと田舎で暮らしたいという思いを抱いています。

もちろん今も。

妻の実家に入る気は全くありませんが、その近くに住んで農作業をしても良いかなという気持ちはあります。

本当はもっと辺鄙なド田舎が良いんですけどね。

妻の実家に行くと、いろんな思いが交錯します。

妻は私以上に何かを思っているのでしょうね。

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